田舎の生活


題名の通り「人間関係や暮らしやすさ」という面で、都会と田舎を比べた場合、都会の方が良いと思われる。

人間関係自体はどこにいても同じで、嫌な人間、合わない人間はどこにでもいる。

しかし、そんな人間関係が24時間どこまでもついてくるのが田舎だ。


人は生活の中で、家族、会社、地域社会、趣味のサークルなど、いろんな人間関係の中で暮らしている。

都会の生活の場合、上に挙げた要素それぞれが独立しているので、例えば、家族で嫌なことがあっても会社は全く別物。地域社会で嫌な奴がいても、趣味のサークルは全然別の人たち・・・なのである。

でも、田舎の場合、ほとんど全部が同じメンツだったりする、あるいはつながっているのである。

例えば端的に分かりやすい例で言えば、家族で食事に行くと、会社の人間がいて、隣りの家の人もいて、サークルの人がそこで働いている、なんてことが起きるのである。

そして、最悪なのは、隣りの家の人と会社の人は知り合いだとか。

そんなことが日常茶飯事なのである。

だから、会社で嫌なことがあっても家に帰れば全く別の世界、サークルに参加してストレス発散、といった都会的な暮らしができないのだ。

だって、どこに行っても知ってる顔があり、知ってる顔同士がつながっていたりするのだから。

みんなと仲良い人間、誰とでもストレスなく付き合える人間、嫌な輩のいない社会であれば、田舎暮らしの方が快適かも知れない。

でもそんな人はあまり聞いたことないし、そんな人は現実として1割もいないでしょう?

であれば、「人間関係という視点での暮らしやすさ」は都会の方がずっとずっと暮らしやすいのである。

都会しか経験のない人には分からないだろうけど、どこに行っても知っている顔があるって嫌なもんですよ・・・(ToT)

 

田舎の人々

ズバリ田舎の人は太っている人が多いと思う。
まあ田舎と言っても山村、漁村、農村・・・いろんなスタイルがあるから、ひとことで「田舎」と括れないのは分かっている。
「私の住んでいる田舎では」ということでご容赦願いたい。^^

イメージとして(あくまでイメージとして)は、田舎の人は働き者だけど貧乏=粗食=痩せている、という図式が成り立つと思うのだが、人ごみの中で観察していると、なんと太っている人が多いことか。

なんで???と考えてみた。

太っている人の服装を観察してみた。
そして生活や行動を観察してみた。

なるほど、そっか・・・


前も書いたかと思うが、
都会の人は電車やバスなどの公共交通機関が移動手段の人が多い。
しかも電車で乗り換え乗り換え2時間通勤とか普通にある。
それだけでも凄いエネルギーを使うし、しかも歩くのが速い。

一方、田舎の人は主な移動手段は車。
家の玄関出たら座って職場に行き、着いたらまた座る。
カロリー消費量が全然違うと思う。

しかも、公共交通機関は人が多い。
それは「見られる」ということ。
車通勤、それは「見られない」ということ。
だから、信じられないけどジャージで講座とかに来るわけで・・・。

「見られる」意識って人の体型とかに大きく影響を与えているのではないかと思ったしだい。

なんだか、地味な服を着て、のっそりのっそり歩く太っちょ。
見られてる意識がないから、腹がデブっと出ていても恥ずかしくもない。
身体をゆすりながらお相撲さんのように歩くことも、汗でビショビショになることも恥ずかしくない。

そういう人が田舎には多いのではないか。
だから太っている人がやたらと多いのではないか。

冷静に考えると、太っていることは健康に悪いのは明白。
そして、(遺伝もあるかとは思うが)だらしない食生活を送っているイメージもたっぷり。

ならば、自分でコントロールするべきなんじゃないかなーと思う。
そしてその第一歩としては、「見られている」という意識が必要なのではないだろうか。

 


田舎の人々

田舎であればあるほど「地元意識」が強くなるようだ。
これはむしろいいことだと思ったりもする。
うらやましいと言うか・・・。

例えば、高校野球。
ものすごい地元意識である。

県民総出で我が県の高校を応援する。
仕事中もテレビを付けて観戦する職場も多い。

自分の県が負けると、今度は地方応援が始まる。
私のところなら東北地方。
東北ならどこの県でも応援するのだ。
テレビを観れなかった人は「青森どうだった?」と。
私としては「えっ?青森の試合なんて観てないよ・・・」なのだが。


そもそも東京に住んでいた時は、
高校野球を「東京勢」としての視点では観ておらず、純粋に全国の高校頂点決定戦という視点で観ていた。

だから、特別に東京を応援するわけでもなく、都道府県に関係なくスゴイ投手や打者がいればそれを観たし、常連の強い高校があればそれを楽しんだ。
また、観ているうちに「この高校いいな」と思えば、出身に関係なく応援した。
公平な目でトーナメントを楽しんでいたのだ。

東京の人って意外とそういう人が多いのではないだろうか。


考えてみると、東京に住んでいる頃は「田舎どこ?」って会話が成り立ったけど、田舎に住んでると「田舎どこ?」って質問自体が存在しないのだ。
「出身はどこ?」という言い方はあるけど、「田舎どこ?」とは若干ニュアンスが異なる。

つまり、東京の人は「地元意識」が圧倒的に少ないのである。


逆に、田舎の人はとにかく地元意識が強く、それが如実に出るのがスポーツなんだなーとつくづく思う。

野球でも相撲でも、地元チーム、地元プレイヤーがいれば無条件で応援する。
一方で私は東京出身のプレイヤーなんて全く意識したことない。

地元意識って、偏った見方しかできなくなるというデメリットもあるけど、感情移入できるので楽しいというメリットもあると思う。

地元みんなで盛り上がるってのも悪くないと思う。
ただ、それが田舎じみていて恥ずかしいなぁとも思ったりすることもある。
やっぱり東京的な考え方の方がスマートでいいなぁと思うことも しばしばあるのである。


田舎の人々

 
最近ワインにハマっている。
ワインの資格も取得した。
ついでにチーズの資格も取った。
これらが今後どのように自分の人生に関わってくるかは分からない。
しかし、好きだから体系的に勉強したいと思った。
勉強するならせっかくだから資格を取った方が良いと思った。


地元にはワイン好きもチーズ好きもたくさんいる。
彼らと飲みながら話をする時、いつも思うのが、
「なんで勉強しようと思わないの?」ということ。

自分の好きなことなら勉強したいと思うのが普通だし、勉強したら資格とりたいと思うだろうし、その資格が今後の人生につながってくる可能性だってあるし、人間としての幅だって広がるだろう。

でも、「僕はそんな」とか「私はそこまでは」とか。

驚くことは、ワインを出す店のオーナーや店員までがそんな感じなのである。
ワインを出す店の人がソムリエの資格を持っていない。
チーズを扱う店の人がチーズプロフェッショナルの資格をもっていない。
本場の地にすら行っていない人も多い。

それだけ知識と経験があるなら、資格をとればいいのに。
金と時間を作って本場を見てくればいいのに。

なんで向上心が湧かないのか不思議でならない。


・・・・実はコレ(後半の部分の言)、私ではなく東京から来てソムリエをやっている人が言ったこと。
まさに共感。やっぱり田舎の人に歯がゆく感じる部分は同じ。

都会ではヤル気の無い店、実力のない店主は淘汰されていく。
厳しい言い方すれば、田舎だからライバルもなく、どうにか存続しているだけ。


どうせ資格とったって誰も認めてくれないし、その価値を誰も分かってくれないよ、ということなのだろうか。

私は決して素晴らしい人間ではないが、こうした向上心のない人、情熱のない人の考え方がどうも理解できない。

 

田舎の交通

以前も田舎の運転マナーについて書いた。
田舎は車社会で、年寄りの運転もとても多い。
交通マナーも悪いし、年とってるから仕方ないんだけど下手くそ。


自動車事故のニュースが地元新聞やTVに出るたびに思う。
「また年寄りかよ・・・免許証発行するなよ!」と。



先日、妻が運転する新車が、年寄りが運転する軽トラックにぶつけられた。
一時停止線で止まっていたウチの新車に、右折してきた軽トラが一方的にぶつかってきたらしい。

曲がるようだけどスピード落とさないなぁ、大丈夫かなぁ?
と思っていたらドンッとやられたようだ。

その老人は既にボケているのか動揺しているのか分からないが、警察が来てからも、同じことを繰り返し言うだけで、状況をよくわかっていないという。

なんでそんな老人に免許証が発行され運転が許されているのだろうか。



そして先日、知人から聞いた話。
スーパーの二階が駐車場になっていて、そこに駐車しようとした年寄りの軽ワンボックスが、曲がり切れず斜め前に駐車していた車の前面にぶつけた。
そして、バックして今度は後ろに駐車していた車にドカン!
2台目の駐車中の車には人が乗っていて、すぐに警察を呼んだが、老人は「気づかなかった」と主張したらしい。
ぶつかったかどうかも分からないほどの老いぼれが運転して良いものか!"(-""-)"



ケガ人が出てからでは遅いのである。
ましてや、スーパーなどの駐車場には小さな子供がたくさんいるのである。

これからの命を残り少ない命が奪ってよいものか!?



・・・冷静に考えてみよう。(-。-)y-゜゜゜



老人は自分の運転が下手くそになっているかどうかは分からない。気付かない。
でも免許証はある。運転する資格もある。
車を運転する必要もある。

そりゃ乗るよね?


なら、どうすればいいか。

例えば、70歳を越えたら毎年免許センターで厳しい試験があり、それに合格しなければ免許証を発行しない。
そうすれば、悲惨な事故や無駄な事故がかなり減るのではないか。

意外と簡単な気がするけど、どうだろうか?



自動車の運転って、人を殺すための凶器をもって歩いているようなものだと私は思っている。
だって実際に簡単に人をひき殺せるから。


最後にもう一度言うけど、いくら老人とはいえ、これからの命を奪うのは勘弁してほしい。
自覚がなく、自重自戒できないなら、法律で制度的に解決するほかはない。