2007年04月

2007年04月26日

人口減少問題【田舎暮らし白書】 5

人口減少問題田舎暮らし白書

ここへ来たばかりの時、いろんな手続きをするために役場へ行った。
手続きをしている机の上に、この街の人口推移表らしきものが貼ってあった。

よーく見ると、毎年500人近く人口が減っているではないか。
このペースでいくと十数年後くらいにはこの街には人がいなくなるのではないかというくらいの勢いである。

最高学府である大学もない、魅力ある高給の仕事もない、刺激的な遊び場もない街だもん、出て行く人の方が正常だよな・・・。つくづくそう思ってしまった。

【田舎暮らし白書「たかが田舎暮し、されど田舎ぐらし」】


田舎の給料で生活していけるのか?【田舎暮らし白書】 5

田舎の給料で生活していけるのか?田舎暮らし白書

田舎の給料が如何に安いかは「就職活動−ハローワークでお説教」の記事でお分かりいただけたと思う。けっこう多くの大人(30代、40代でも)が月10万台で汗水流して働いているのが田舎の現状。

しかし、実際にそんな給料で生活していけるのか。家族を養っていけるのか。

答えを先に言ってしまうと、生活していけるし、養っていける。というより、その給料でやっていけるような生活をするのである。(T_T)

高級車を買いたいけど、買えないから軽自動車で我慢する。仕事帰りに外で一杯やりたいけど、給料が安いから家で大五郎(焼酎)のお得サイズをチビチビと飲む。趣味を思いっきり満喫したいけど、お金がないからまあ適当に。習い事をしたいけど、お金がもったいないからやめておく。海外旅行に行ってみたいけど、そんな金も時間もないからあきらめる。
ね、質素な暮らしでしょう。まさに今の私です。(^^ゞ
東京にいた時の3分の1の給料でやってるわけだ(悲)。

特に若者が安月給で生活していける何より大きい要素は、親と一緒に住んでいるということ。親と同居なので、家賃もいらず、水道光熱費もかからず、食費の心配もないのだ。もちろん、例外の人もたくさんいるのだろうが、私の見たところ、親におんぶに抱っこ、そういう若者が非常に多い。
要するに、贅沢をせず質素な生活をすれば10万円でもオツリがくるのである。

ただ、私が思うのは、それで良いのかということ。特に若い人たち。
高い給料をもらえれば自己投資も含めてやりたいことができ、人間の幅を広げられる可能性も大きくなる。お金、お金って何だかいやらしく聞こえかも知れないが、資本主義社会である日本ではお金がなければ食べることができないのは当然ながら、病気の治療も受けられないし、子供に高い教育を受けさせてあげることもできない。女性と遊ぶのだって金がたらふくかかる(笑)。

田舎の人たちはそういったことを望んではいるのだろうが、そう見えない。「仕方ないよ」とあきらめているようにしか見えないのだ。
島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」のような田舎暮らしもあるし、それは否定しないけど、私自身はそういう選択をしたくはない。
(本はすごく面白かったけどね〜)

まあ、そんなこんなの事情で、向上心が強く野望を持った若者は卒業と同時に都会へと離れていってしまうのである。悲しい負のスパイラルだと思う。

【田舎暮らし白書「たかが田舎暮し、されど田舎ぐらし」】


就職活動、ハローワークでお説教【田舎暮らし白書】 5

就職活動開始、ハローワークでお説教田舎暮らし白書

さて、転勤で田舎に来た訳ではないので、仕事を探さねばならない。
田舎暮らしと言えば、農業など自営業が頭に浮かぶかも知れないが、私はそういう目的で田舎に来たわけではない。
仕事については後でいろいろと書くことになると思うが、とにかく家族のためにも生活していくだけのお金は稼がねばならないので、まずは本屋で就職情報誌を探した。今なら感覚的に「就職情報誌(田舎版)」なんてない、と判断できるのだが、当時は田舎は田舎なりの情報誌があるのだろうと思っていた。甘かった。
なので地元のハローワークに行ってみた。

初めてのハローワーク(私の若い頃には「職安」と言ってイメージも良くなかったし、職安行かなくても数ある情報誌で事足りていた)にドキドキしながら順番を待っていた。私の番になりイスに座ると、40歳くらいの冴えない風貌の天然パーマのいかにも田舎者っぽい男性が対応した。
まず最初に条件を聞かれた。
「給与はいくらくらいご希望ですか?」

私はごく普通に答えた。
最低でも35万くらいあれば何とか。」

担当者は目を丸くして声高に言った。
「・・・そ、そんな仕事ありませんよ、ここにはっ!!」
半分怒っている様子だ。(@_@;)

何でハローワークで怒られなきゃならないんだろう。

でも、今となると十分に理解できる。
東京と田舎との給料は天と地の差があるのだ。
月給12〜13万円という仕事がなんと多いことか。しかも週休1日だ。10万円以下の仕事も結構ある。年齢や実績とかは関係ない。当然住宅手当なんてものはない。それでも業種や職種が豊富であれば良いが、当然限られた業種・職種しかない。そういう世界なのだ、田舎は。

高校生のアルバイトかっ!
思わずタカトシ風にツッコミたくなる(笑)。
だが、これが田舎の現実だ。
田舎暮らしを始めてまだ1ヶ月くらいの時期だが、ホント泣きたくなった。
実家(住んだことはない)があるとはいえ何の調査もせずに来た私が悪いのだが、これが同じ日本なのだろうか・・・。

【田舎暮らし白書「たかが田舎暮し、されど田舎ぐらし」】


2007年04月25日

賃貸物件探し【田舎暮らし白書】 5

賃貸物件探し

実家に来たとはいえ、都合上、近くにアパートを借りて住むことにした。
さて、住居探しの始まりだ。田舎暮らしにまったく不慣れで無知な私は、東京の感覚を引きずったまま10万円前後で探した。家賃10万は23区ならばワンルームの価格だ。でも田舎だから、2LDKくらいが借りられるかも知れないと漠然と思っていた。

不動産に行くと、なかなか家賃10万円のアパートはなかった。そんな高い家賃のアパートは存在しないのだ。それでも、ここは周りの町や村に比べれば家賃が高いらしい。
しばらくして、不動産の人が良いところが見つかったと言って物件を見せてくれた。
4LDKの貸し一軒家で、家賃11万円。しかも、「ここは先月までNTT○○支局の局長が住んでいたんですよ〜。」だそうだ。
しかし、そんなところに住んだら、「あの東京から来た贅沢野郎は何者だ!?」ってことになりかねないので、そこはパス。

だんだん、相場が見えてきた。
結局、駅から1分の3LDK(駐車場付き)のアパートに決定。すぐ前には市内1のスーパー。家賃は6万円。

職場の人曰く、
「6万円のアパートとは随分ハブリがいいですねー。」
6万円はここでは超高級アパートのようだ。
確かに、隣りは紳士服店の店長だったり、上は会社役員だったりする。普通は2〜3万の公営住宅が一般的のようである。そもそも、基本的にアパートやマンションで生活する人は転勤族だけで、地元民は皆自分の家に住んでいるのだ。

まあ、とにかく無事に住処が決まった。
田舎暮らしの始まりだ。

【田舎暮らし白書】


バス?【田舎暮らし白書】 5

バス?

一応どんなに田舎とはいえ、電車は存在する。
いや、正確に言えば「汽車」、いやいや厳密に言えば「ディーゼル車」らしい。確かに線路の上の電線がない。
地元の皆は「電車」または「汽車」と呼んでいる。

こちらに越してきて間もないときに、子供を連れて線路沿いを歩いていた。
運よく汽車が走って来た。

うちの幼稚園の息子のひと言。

あっ、お父さん、バスだ、ほら、バスが来たぞーっ!!

・・・言葉が出なかった(汗)。

東京では電車ならば最低でも6両くらいはある。
私自身、1両編成(この場合編成っていうのか?)の電車は初めて見た。
まるでバスである(笑)。

【田舎暮らし白書】


2007年04月24日

商店街が死んでいる【田舎暮らし白書】 5

商店街が死んでいる

私の場合、東京の感覚そのままで来てしまったので、初めての田舎暮らしは毎日がカルチャーショックの連続だった。それは楽しくもあり、苦痛でもあり、とにかく別の国に来たよう。

田舎に来てまず最初に感じたこと。
それは、「商店街が死んでいる」ということ。
商店街なのに開いている店がごくわずか。
いわゆる「シャッター街」、もっと言えば「消店街」である。

とんでもない所に来てしまった・・・この時、初めて危機感を感じた。
商店街ってどの街でも衰退化が叫ばれている。それにしても、こんな活気のない消店街は初めての体験だった。これが田舎の現実なのか、そう実感した。

【田舎暮らし白書】


田舎暮らしを始めたわけ 5

田舎暮らしを始めたわけ

なぜ35年間東京で生まれ育った私が故郷の東京を離れ、ここ岩手で田舎ぐらしを始めることになったのかを簡単に説明しておく。

実は決して自らの意思で進んで田舎に来たわけではない。父親の実家が岩手なのだ。しかし、別に父の実家が岩手だからと言って、私までこんなド田舎(岩手の皆さんゴメンナサイ)に来る必要はないのだ。

東京で仕事をしていた父親は定年の少し前にリタイアし、とっとと田舎に戻ってセカンドライフを楽しんでいる。退職金や年金で悠々自適のスローライフ、ロハスなセカンドライフを送っているわけである。それだけなら人畜無害なのだが、実は私が小さな頃から父は何かにつけて「お前の家は岩手県にあってな、お墓もそこにあるんだぞ」と言われてきた。そして、例えば免許証の本籍欄も東京にいながらずーっと岩手県だった。いつの間にか、「俺は大人になったらいつか岩手に行くんだ」と心の奥で思っていた。
そう、仰仰しい言葉でいえば「洗脳」である。

「いつかは田舎に帰らねばならない」という強迫観念が私の中に出来上がっていたので、あとはそのタイミングだけだった。特に30を超えてからは、「どうせ田舎暮らしを始めるなら、できるだけ早い方がいい」という意識が芽生え、ついに35にして東京から岩手に遥々来たわけである。

初めての田舎暮らし。でも特に不安はなかった。なにせ洗脳されていたのだから(汗)。
しかしながら、実際に始まった田舎暮らしは日増しに不安と不満を募らせていくのだった。ただし、それを凌駕する満足も生まれた。

そんな田舎暮らしの不安と期待、不満と満足、絶望と感動を綴っていきたい。


【田舎暮らし白書「たかが田舎暮し、されど田舎ぐらし」】

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