田舎の人々

ズバリ田舎の人は太っている人が多いと思う。
まあ田舎と言っても山村、漁村、農村・・・いろんなスタイルがあるから、ひとことで「田舎」と括れないのは分かっている。
「私の住んでいる田舎では」ということでご容赦願いたい。^^

イメージとして(あくまでイメージとして)は、田舎の人は働き者だけど貧乏=粗食=痩せている、という図式が成り立つと思うのだが、人ごみの中で観察していると、なんと太っている人が多いことか。

なんで???と考えてみた。

太っている人の服装を観察してみた。
そして生活や行動を観察してみた。

なるほど、そっか・・・


前も書いたかと思うが、
都会の人は電車やバスなどの公共交通機関が移動手段の人が多い。
しかも電車で乗り換え乗り換え2時間通勤とか普通にある。
それだけでも凄いエネルギーを使うし、しかも歩くのが速い。

一方、田舎の人は主な移動手段は車。
家の玄関出たら座って職場に行き、着いたらまた座る。
カロリー消費量が全然違うと思う。

しかも、公共交通機関は人が多い。
それは「見られる」ということ。
車通勤、それは「見られない」ということ。
だから、信じられないけどジャージで講座とかに来るわけで・・・。

「見られる」意識って人の体型とかに大きく影響を与えているのではないかと思ったしだい。

なんだか、地味な服を着て、のっそりのっそり歩く太っちょ。
見られてる意識がないから、腹がデブっと出ていても恥ずかしくもない。
身体をゆすりながらお相撲さんのように歩くことも、汗でビショビショになることも恥ずかしくない。

そういう人が田舎には多いのではないか。
だから太っている人がやたらと多いのではないか。

冷静に考えると、太っていることは健康に悪いのは明白。
そして、(遺伝もあるかとは思うが)だらしない食生活を送っているイメージもたっぷり。

ならば、自分でコントロールするべきなんじゃないかなーと思う。
そしてその第一歩としては、「見られている」という意識が必要なのではないだろうか。

 


田舎であればあるほど「地元意識」が強くなるようだ。
これはむしろいいことだと思ったりもする。
うらやましいと言うか・・・。

例えば、高校野球。
ものすごい地元意識である。

県民総出で我が県の高校を応援する。
仕事中もテレビを付けて観戦する職場も多い。

自分の県が負けると、今度は地方応援が始まる。
私のところなら東北地方。
東北ならどこの県でも応援するのだ。
テレビを観れなかった人は「青森どうだった?」と。
私としては「えっ?青森の試合なんて観てないよ・・・」なのだが。


そもそも東京に住んでいた時は、
高校野球を「東京勢」としての視点では観ておらず、純粋に全国の高校頂点決定戦という視点で観ていた。

だから、特別に東京を応援するわけでもなく、都道府県に関係なくスゴイ投手や打者がいればそれを観たし、常連の強い高校があればそれを楽しんだ。
また、観ているうちに「この高校いいな」と思えば、出身に関係なく応援した。
公平な目でトーナメントを楽しんでいたのだ。

東京の人って意外とそういう人が多いのではないだろうか。


考えてみると、東京に住んでいる頃は「田舎どこ?」って会話が成り立ったけど、田舎に住んでると「田舎どこ?」って質問自体が存在しないのだ。
「出身はどこ?」という言い方はあるけど、「田舎どこ?」とは若干ニュアンスが異なる。

つまり、東京の人は「地元意識」が圧倒的に少ないのである。


逆に、田舎の人はとにかく地元意識が強く、それが如実に出るのがスポーツなんだなーとつくづく思う。

野球でも相撲でも、地元チーム、地元プレイヤーがいれば無条件で応援する。
一方で私は東京出身のプレイヤーなんて全く意識したことない。

地元意識って、偏った見方しかできなくなるというデメリットもあるけど、感情移入できるので楽しいというメリットもあると思う。

地元みんなで盛り上がるってのも悪くないと思う。
ただ、それが田舎じみていて恥ずかしいなぁとも思ったりすることもある。
やっぱり東京的な考え方の方がスマートでいいなぁと思うことも しばしばあるのである。


 
最近ワインにハマっている。
ワインの資格も取得した。
ついでにチーズの資格も取った。
これらが今後どのように自分の人生に関わってくるかは分からない。
しかし、好きだから体系的に勉強したいと思った。
勉強するならせっかくだから資格を取った方が良いと思った。


地元にはワイン好きもチーズ好きもたくさんいる。
彼らと飲みながら話をする時、いつも思うのが、
「なんで勉強しようと思わないの?」ということ。

自分の好きなことなら勉強したいと思うのが普通だし、勉強したら資格とりたいと思うだろうし、その資格が今後の人生につながってくる可能性だってあるし、人間としての幅だって広がるだろう。

でも、「僕はそんな」とか「私はそこまでは」とか。

驚くことは、ワインを出す店のオーナーや店員までがそんな感じなのである。
ワインを出す店の人がソムリエの資格を持っていない。
チーズを扱う店の人がチーズプロフェッショナルの資格をもっていない。
本場の地にすら行っていない人も多い。

それだけ知識と経験があるなら、資格をとればいいのに。
金と時間を作って本場を見てくればいいのに。

なんで向上心が湧かないのか不思議でならない。


・・・・実はコレ(後半の部分の言)、私ではなく東京から来てソムリエをやっている人が言ったこと。
まさに共感。やっぱり田舎の人に歯がゆく感じる部分は同じ。

都会ではヤル気の無い店、実力のない店主は淘汰されていく。
厳しい言い方すれば、田舎だからライバルもなく、どうにか存続しているだけ。


どうせ資格とったって誰も認めてくれないし、その価値を誰も分かってくれないよ、ということなのだろうか。

私は決して素晴らしい人間ではないが、こうした向上心のない人、情熱のない人の考え方がどうも理解できない。

 
息子が高校受験を意識する時期なので、親同士、子供同士でも自然とそうした話題が多くなっているようだ。

他の親たちの話を聞くと、「ウチは勉強苦手だから工業高校ですよ」とか「普通科の高校は受験が大変だし入ってからも宿題が多くて大変らしいのでウチは商業高校です」とか、何とも子供の可能性の芽を親が積んでしまっているように思えて仕方ない。
その影響か、子供たちの会話も親と同じような感じらしい。
そして別に工業や商業に興味があってそこを受験する訳ではないと言う。

私が東京で高校受験をした時は、挑戦校、実力相応校、滑り止め校を1〜2校ずつくらい受験するので、少なくとも3〜4校は受験した。
まあ田舎は都会と比べ高校が圧倒的に少ないので同じようにしろとは言わないが、このヤル気の無さは何なんだろう、と思ってしまう。

「宿題が多いから」という理由で人生を決める子どもたちとそれを許す親たち。
田舎にはそうした人がいかに多いことか。
(田舎とひとくくりにしているけど、あくまで私の住んでる田舎の話)

「頑張る」とか「競争」とか「上を目指す」という意識が、こと「受験」に対しては圧倒的に低いのである。「あきらめムード」と言っても良い。
なんか会話をしていても次につながらない白けた雰囲気になってしまうのだ。

ちなみに、我が家では息子が将来の夢が明確になっていないので、であればとりあえず地域で最高レベルの高校を目指し、可能性を広げておこうという考え方で進んでいる。常に上を目指すことって悪いことではないよね?

でもそんな話をすると、「何を偉そうにエリートぶってるの?」と言われかねないので、黙っているが、もうちょっとヤル気を出そうよ・・・。

 
最近つくづく思うことがある。

大人のマナーがあまりに悪いこと。
そもそも大人って子どもたちの模範になるべき存在なのでは?
たまには反面教師の大人がいてもいいけど、田舎にはあまりにもマナーの悪い大人が多いのです。


・海で平気でゴミを捨てる大人
・いまだにタバコのポイ捨てをする大人
・並ぶ順番を守らない大人
・子供には「先生の話をよく聞くこと」なんて言っておきながら、授業参観で隣のお母さんとずっと私語をしている大人
・駐車すべき場所でないところに無神経に駐車する大人
・女性や子供が見ていようが構わず立ち小便する大人


子どもは純粋で、大人たちをよく見ているよ。
「あんな大人にはなりたくない」と思ってくれればいいけど、
「あれでいいのか」と思ってしまっては一大事。

頼むからせめて子どもの見ているところではマナーを守ってほしい。

 
どうも田舎の人たちは、人の行動をじっと見て感情的になっていく傾向があるように思えて仕方ない。

その人の行動が自分には全く害を及ぼさない、むしろ自分とは全く関係のないものであっても黙っていられないようである。
「都会人の無関心」を褒めるわけではないが、無意味で過度な関心もハタ迷惑なのである。

たとえば、自販機を室内に設置している会社があるとする。
その自販機で毎日のようにたくさんのコーヒーなりジュースなりを買う人がいるとする。

すると、それを見ている他の社員が言い出すのだ。
「あの人、いつも何本も買っていくよね。」

そのニュアンスは、
「会社の売り上げに少しでも貢献しているよね。」ではなく、
「何考えてるんだろう・・・そんなに買う必要ないじゃない・・・。」的な、あきらかに「気に入らない」といった雰囲気なのである。

田舎の人は、意味不明の毛嫌いをよくするのである。


AさんとBさんの仲が悪くなったとする。
すると、AさんがBさんの悪口を言いだす。
するとAさんの知人(友達ではなく知人)は、「Bはけしからん。よし俺もBの悪口を広めよう。」とこうなるわけです。

「喧嘩というのはどっちにも言い分があって、Bさんの言い分も聞いてみないと本当にAさんが正しいのかどうかは疑問だ。」と冷静に考える人があまりに少ないのである。

ただひたすら感情的になって、悪口合戦に展開することがどれだけ多いことか。


暇なんだなぁ・・・と思うほかないのである。


【田舎暮らし白書】



田舎は自殺が多い。
特に東北は自殺率が非常に高いことで有名だ。

平成14年〜17年にかけて、
4年連続で「秋田」「青森」「岩手」が自殺率ベスト3である。

秋田県においては、
なんと9年連続1位という不名誉な結果だとか。

どうも東高西低の傾向にあるようだ。
しかしなぜ東北の自殺率はこんなにも高いのだろうか?


全国的な自殺の原因としては、「健康問題」「経済・生活問題」をはじめ、「負債」「事業不振」「生活苦」「失業」「就職失敗」「倒産」などが並ぶ。

「高齢者の多い東北」、「経済的に貧窮している東北」の自殺率が高いのは当然と言えるかも知れない。
農業や漁業だけでは生活してゆけないため、若い力は後を継がずにどんどん都会へ流出していくのだ。
仮に仕事に就けたとしても、賃金は「日本の中国かよ」ってツッコミたくなるほど圧倒的に安い。

高齢化ばかりが進む田舎。

「お先真っ暗」である。
光明が見えてこないのである。


これが田舎の現状だと思う。



そんな中でも「孤独」にならないこと。
1人も「孤独」にしないこと。


これが一番大事なんじゃないかな。


田舎暮らしを始めた以上、なんとか少しでも田舎のために力になりたい。
これから息子も娘もこの田舎で暮らしていくのだから。

【田舎暮らし白書】

田舎の人って不潔?

田舎の人って不潔だなぁ、と思うことがしばしばある。

おしゃれをしない、といったレベルではなく、風呂やシャワーをあまりしないようで、けっこう臭う人が多いのだ。

以前も身だしなみについては書いたが、
身だしなみの基本はやっぱり清潔であること、つまり、風呂に入る、シャワーを浴びる、歯を磨く、手を洗う、爪を切る、鼻毛を処理する、耳垢を取る、といったことをおろそかにしている人が田舎ではいかに多いことか。

もちろん、田舎に限ったことではないのだが、そういう人が都会に比べてとても多く感じる。

寒い国の人は、あまり風呂に入ったりシャワーを浴びたりしないと聞く。経済的基盤の問題もあるのかも知れないが、暑い国の人って汗だくで一見不潔に見えるが、頻繁に水浴びをしたりするのでけっこう清潔だったりする(水不足の地域は除く)。

やはり「寒い地域」ということがそうさせているのだろうか・・・。

でもそれだけではなく、皿やコップも洗剤を使わないで洗ったりするし、職場においても、受話器がベタベタだったり、パソコンのマウスが真っ黒に汚れていたりしてもお構いなしなのだ。

「田舎の自然」と関係あるのだろうか。

「自然に限りなく近い男」と言えば少しカッコイイけど。

うーん、微妙。

【田舎暮らし白書】
 
田舎の人のケチ度

「ケチ」とは「むやみに金品を惜しむこと、またはそのさま」である。
田舎の人びとはまさにケチだと私は感じている。しかも並みのケチではなく「ド」が付くケチだと思う。

例えば、展示会や公共施設のパソコン利用などに出掛けて行き、無料だと思っていたら有料だったとする。しかし有料といっても80円とか100円程度である。それでも、有料と聞いた瞬間に「じゃあ、いいです。」と言ってわざわざ帰る人がどれほど多いことか。
お金を払ってもそれだけ楽しめる、それだけの情報を得られる、そういった価値観を持てないのである。

それだけではない。例えば、仲間やサークルでコピーが必要な場合、10円や20円のコピーでもしっかり領収証をもらう人が多い。会社じゃあるまいし、10円くらい自腹でいいでしょう。
また、A4のコピーが2枚欲しい場合、A4もA3も同じ値段だと知ると、A4を2枚並べてA3でコピーを頼む。それを自分で2枚に切って使う。10円のためにわざわざ紙を切る手間をかけるのだ。

これらは仕事上の倹約ではない。それであれば理解はできるのだが、個人の損得に関しての行動なのだ。仕事は極めていい加減なくせに、個人の損得となると異常に細かくなる。つまり、ケチになるのだ。

ついでに言えば、東京の職場で上司や先輩と飲みに行って勘定が折半だったということはまず記憶にない。逆に私が後輩を連れていくときは(内心で泣きながらも)ほとんど後輩には出させない。しかし、田舎に来てからはそういう関係を見たことはあまりない。

都会と田舎では所得の差が大きいのは分かるが、都会で育った私にとって田舎の人たちが異常にケチに見えてしまうのだ。

ただ、カッコつけないで済むので楽といえば楽である。
軽自動車でも恥かしくないし、100円ショップでシコタマ買い込んだ袋を人に見られても恥かしくはない。部下や後輩におごらなくても恥かしくはない。

でも背伸びして頑張るからこそ それに見合った自分に成長するのであって、全くカッコつけないのって、ちょっと寂しくない?
そして、そのカッコつけこそが都会人パワーの原動力なのではないだろうか。

東北美人!

田舎は田舎なりにいいこともある!

あくまで私の主観だが(このブログ自体すべて私の主観だけど・・・)、岩手は美人が多いと思う。
「秋田美人」は、京美人、博多美人と並び、日本三大美人と言われる。絶世の美女・小野小町が秋田出身だからだとも言われるが、私は秋田だけでなく東北全般は美人が多いように思う。

岩手も例外ではなく、美人が多いのだ。
地元には失礼だが、「こんな田舎にいないで都会に出れば何らかのチャンスがあるんじゃないの!?」って言いたくなるようなきれいな女性がけっこう多いである。

東北バンザーイ! \(^o^)/

【田舎暮らし白書「たかが田舎暮し、されど田舎ぐらし」】
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